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2024.02.14 【 2024.03.14 update 】

嫉妬のBADEND

過去と未来、時空を超えた物語。飛鳥と綾瀬の因縁に決着なるか。過去と未来、時空を超えた物語。飛鳥と綾瀬の因縁に決着なるか。

嫉妬のBADEND

Illust. ちゃきん

01 時空を超えた再会

 うっすらと雪が積もる大阪城前の広場。

 天王寺飛鳥は呆然と空を見上げる上柚木綾瀬を発見した。何者かと戦った直後なのか、息が荒い。

「やあ」

「ようやく“暁”とかいう妙な集団を撒いたのに、またガーディアン。逃げるのも疲れたから、返り討ちにしようと思ったけれど……。最悪。なにしに来たの?」

「ちょいと人助けにな」

「…………」

 綾瀬の傍らでは大型の黒豹が殺気を放っている。

 一方、飛鳥の隣には精神の鎧をまとう守護者が付き従っていた。

「テメェ、ガーディアンじゃねェな? クソ天使の匂いがすンぜ」

「随分なご挨拶ですね。久しぶりです、ズィーガー」

「あっさり巡り会えて良かったわ。フィエリテはんが変装してくれたお陰やね」

 ガーディアンが光を放ち、本来の姿へと戻る。

 守護者殺し(ガーディアンキラー)と悪名高い綾瀬の気を引くため、見た目を擬態していた。

「貴方がたも記憶を残していますね?」

「ハァ? なンのことだ?」

「下手な勘ぐりは不要です。……それくらい分かります。長い付き合いですから」

「ケッ」

「待たせてもうて堪忍な、綾瀬ちゃん!」

 4人はそれぞれが複数の記憶を有している。

 いま現在の記憶と、別時空で過ごした記憶。時間軸に約1年のズレはあるが、いずれも虚構ではない。

 灰色の空に舞う粉雪を眺めていた綾瀬は、冷たい視線を飛鳥に向けた。

「私を救えるつもりでいるの? とんだ思い上がりね」

「綾瀬ちゃんは復讐心を払ったつもりやった。けど、どこか心の片隅に残っとったんやろね。そこをレヴィーに付け込まれた。ここまでは合っとるか?」

 怯むことなく、飛鳥は優しい笑顔を浮かべて問いかける。

「そうね。私としては完全に捨て去ったつもりだったけれど。どうしたってパパとママが死んでしまった事実は覆らない。悔しい想いは何度でも蘇る。しかも、こっちでは私自ら手に掛けた可能性さえ……」

「それは……。しんどいな」

「自暴自棄になった私は罪をガルマータになすりつけ、多くのガーディアンを敵に回し、殺害した。以前の記憶を取り戻したのはつい最近」

「そん時、真実にも気付いたんやね?」

「ええ」

 綾瀬は自虐的な笑みを浮かべた。

 旧時間軸では罪の無い天使を殺し、新時間軸では罪の無い守護者を手に掛けた。彼女の人生は血に染まり、死に彩られている。

「私はとっくに終わっているの。人として」

「いいや。綾瀬ちゃんは僕らとなにも変わらん。人や。人間なんや。譲れない想いがあったからこそ、やっちゃならんことをしてしもうた。……ともかく罪は罪。贖わんといかんな。ガムビエルちゃんと同じように……。覚えとるか。あの子が言うたこと」

「ボクを許せないなら、いま一度、ボクを裁いてください……。けど、死は望みません。消えたくありません。ずぶといと、恥知らずと、言われても、いい……」

 ガムビエルは懸命に立ち上がり、綾瀬へ震える手を差し伸べた。

「どうか、みんなの幸せを、祈らせて。叶うならば、あなたの幸せも。……上柚木、綾瀬さんッ!!」

「覚えているわ。罪を犯したのは転生前のガムビエル」

「せや。転生後のガムビエルちゃんに罪はない。けど、あの子は時間軸が変わったいまも、必死にようやっとるみたいや。せやろ、フィエリテはん?」

「旧時間軸と比べ、思想が柔軟になった大天使ガブリエルの後を継ぎ、四大天聖“水(アクア)”ガムビエルの座に就きました。立派に白の世界の人類を導いています」

「立てた誓いを守ってるのね。あの、ガムビエルが……」

「ちなみに、僕らは時空が切り替わる前を旧時間軸、後を新時間軸つって区別しとる」

 フィエリテの説明に飛鳥が補足をしたが、綾瀬は上の空。

「……私は無為に他者の生命を奪ってきた後悔に苛まれて、似たような境遇になって、ようやくあの子の気持ちを少し理解できたかもしれない。皮肉なものね」

「いいや。とっくに理解しとったやろ。綾瀬ちゃんはガムビエルちゃんが伸ばした手を取ろうとした」

「違うわ。あれは鬱陶しい手を払おうとしただけ」

「素直やないなあ……」

「とにかく、私はあの子とは違う。生を望まない。次、私があいつに意識を奪われるようなことがあれば、ズィーガーが殺してくれる。そうよね?」

 相棒にもたれ掛かり、綾瀬は淡々と語った。

 彼女が最も心を許しており、かつ、唯一本音をぶちまけられるプレデターは肯定も否定もしない。

「約束はしてないけれどね。伸ばしに伸ばしてきた、最初の契約を果たしてもらわないと」

「チッ」

「綾瀬ちゃんの考えはよう分かった。認められんけどな」

「どっちだっていいわ。だってこれは、私の呪われた宿命だもの」

 不意に、飛鳥が綾瀬の手を取った。

 冷え切った細い指が、手の平が、温かさに包まれる。

「ちょっと。なに気安く……」

「罪の重さに耐えきれんなら、僕が一緒に背負ったる」

「〝僕らが〟ですよ」

 ふたりの手と手に、さらにフィエリテの手が重ねられた。

「私も上柚木綾瀬なのです。一蓮托生の覚悟で来ました。四大天聖“風(ウェントゥス)”ラファエルの座も返上しています。後継者となる人間もいるため、後顧の憂いはありません」

「もう一度言うわ。僕らは綾瀬ちゃんを助けに来たんや!」

「言うだけなら簡単ね」

 綾瀬はふたりの手を振り払い、不機嫌そうに顔を背けた。

 しかし、心なしか頬が紅潮している。

「ほんなら、綾瀬ちゃんはどうするつもりやったん? ただ死にたいだけなら、いつでもできたはずや」

「私は誰もいない場所へ行きたい。あいつが影響を及ぼせない場所へ。私を助けたいと言うなら、そういう場所を教えてくれない?」

「んー……。悪いけど心当たりはないな」

「神域や幻夢郷に移動したところで、彼女ならば簡単に抜け出せるでしょうね」

「やっぱりそうよね。私もその結論に辿り着いた」

 実のところ、ふたりにはそれぞれ心当たりがあった。

 飛鳥が思い浮かべたのは幻夢郷の〝永久牢〟。重罪を冒したアスツァールを永劫の時間、閉じ込めていた場所。ク・リト王家最上位の者のみ開閉が可能と、ク・リト王城で過ごしていた際に説明を受けた。

 フィエリテが思い浮かべたのは終末天聖“看守”サンダルフォンの〝罪深き天使の牢獄(アドナイ・メレク)〟。時の流れを凍りつかせる、極めて強力な封印術である。

 いずれも綾瀬の犠牲を前提とするため、口にはしなかった。

「だったら、これ以上の打開策を考えるだけ無駄ね。ズィーガー――」

「まずは僕の話を聞いてくれんか? ナイスなアイディアがあるんやけど」

「なによ?」

「綾瀬ちゃんは未来の可能性のひとつに〝嫉妬の大罪レヴィアタン〟があるくらい、嫉妬心と紐づいとる」

「無遠慮に言ってくれるわね。……ああ。そうそう。意思を強く持った方が身のためよ」

「いきなり、なんの話――」

 刹那、綾瀬から発せられた虚のさざなみが飛鳥とフィエリテを切り裂いた。

「ちょちょちょ、ちょい待ちい! なして虚のさざなみを使えるん!?」

「綾瀬にはなんの動きも見られませんでした。何故……?」

 疑問の言葉を口にする飛鳥とフィエリテ。だが、ふたりとも確信に近い可能性に気付いている。

 次の綾瀬の言葉が可能性を確定事項とした。

「いまのは私の意思じゃない」

「なんやて!? ……なんて陽気に騒いどる場合やないな。……おるんやろ?」

「綾瀬の内にレヴィーを感じます。憑依あるいは同化しているのでしょう」

「フィエリテはんは僕の後ろへ」

「そうですね。私まで取り込まれないよう気を付けねば……」

「さっさと綾瀬ちゃんを解放せんかい、レヴィーッ!!」

 いつもにこやかな飛鳥の表情が、瞬時に怒りの形相となる。

 怒号に応じて、綾瀬の背後に黒い霧のようなものが出現し、ヒトの形を取った。プリンセス・マギカ レヴィーは綾瀬の首に手を回して愉しげに嗤う。

『おかしなこと言うのね。私も綾瀬よ。なのに私にだけ敵意を向けるなんて非道い。差別するなんて非道い。心から嫉妬するわ。恨むわ。こんな私を生み出したセカイを!』

「ほざけ。綾瀬ちゃんを巻き込むな!」

『けれど。まだ力が足りない。セカイを憎悪する力が』

 レヴィーは飛鳥の訴えなど意にも介さない。誰にともなく言葉を紡ぎ続ける。

『忌々しい黒崎神門とアレキサンダーに削られてしまったから、もう少しだけ休息が必要なの』

「……あの人ら、僕らが知らんとこで、んなことしてくれとったんか」

『綾瀬が救済される未来なんてない。私が許さない。絶対に!』

 幼い顔立ちながらも蠱惑的な微笑を浮かべ、初めて飛鳥とフィエリテを正視するレヴィー。

 極めて濃密な悪意をふたりへぶつけたのち、彼女は雲散霧消した。最初から存在しなかったかの如く。

「気配が消えました。認知できない状態になれるとは厄介ですね。虚無を齎す者だけのことはあります」

「悪いことばかりじゃないわ。あいつは休眠中、こちら側の出来事を把握していない。いま出てきたのにしても、たまたまね。あくまで経験上の推測に過ぎないけれど」

「綾瀬ちゃんは彼女を抑え込められるんか?」

「残念ながら無理。あいつがその気になれば、すぐさま私の意思は封じられ、悪意を剥き出しにガーディアンの生命を奪う。……そうよね、ズィーガー?」

「あァ。あまりの変貌ぶりに、最初は気でも狂ったかと思ったぜ。俺様も便乗してノリノリで殺ってたけどよ」

 ズィーガーは生命を刈るために生み出された獣、プレデター。その中でも〝四凶星(よつまがぼし)〟と呼ばれる強力な個体である。殺戮は本能であり、他者の生命を徒に奪うことへの躊躇は無い。

 だが、綾瀬とともに記憶を取り戻して以降は本能を自制していた。

「あいつはたまに姿を現すわ。恐らく回復状態を確かめるためなんだと思う。そして、彼女が干渉してくる間隔は徐々に短くなってる……」

「残された時間は少ねェってわけだ。オイ、飛鳥。てめェの提案とやらを聞かせろ」

「簡単な話や。綾瀬ちゃんから嫉妬心を無くせばええ」

「どういうこと?」

 珍しく真剣な表情の飛鳥に、綾瀬は訝しげな表情を浮かべた。

「僕が楽しませたる。他人の幸せを羨む気持ちなんか全部忘れられるくらいにな! そしたら居心地が悪うなって、レヴィーは離れるんとちゃうか?」

「呆れた。あまりにも気楽な発想ね。確証がまるでない」

 訝しげな表情から溜息が漏れる。

「いちおう聞くけど、具体策はあるの? 私はあんたの下らない漫才でハッピーになれる感性なんか持ってないわよ」

「せやな。兄ちゃんとふたり掛かりでも冷笑された記憶しかないわ。んで、別の手を考えたわけやけど」

 真剣な表情から一転、飛鳥はとびっきりの笑顔になった。

「綾瀬ちゃん。僕とデートしよか!」

「…………は?」

02 レヴィー追放作戦

 いつの間にか粉雪が舞っている。

 飛鳥は急激に気温が下がるのを感じた。

「綾瀬とデート……? 一触即発の状況でなにを言うのです、飛鳥?」

「わわっ。勘違いせんといてや。不純異性交遊やない。デートごっこで構わん」

 誘われた綾瀬よりも激しく感情を露にしたのはフィエリテ。

 ハリセンによる粛清を恐れた飛鳥は、ぶんぶんと手を振り、釈明を試みる。

「けど、最高のデートプランを考えた。絶対に綾瀬ちゃんを笑顔にさせたる!」

「言い訳無用。不純ではない異性交友などありません!」

 刹那、地面を転がりながら飛び込んで来る漆黒の人影があった。

「まったくだ」

 泥と雪に塗れるのも構わず、その人物は飛鳥と綾瀬の間に割って入り、立膝の状態で静止する。

 特に意味もなく派手なアクションだったわりに、端正な顔立ちの青年は息ひとつ乱していない。さらに、いつの間に取り出したのか黒光りする銃を構えている。

「飛鳥をたぶらかさないでもらおう」

「兄ちゃん!?」

 飛鳥の兄、大和だった。

 無論、その銃口は綾瀬に向けられている。

「どうしても飛鳥とデートしたければ、まず俺を倒してからにするんだな……。小娘ッ!!

「参ったな……。なんやもう見つかってもうたか」

 面倒なことになるのが目に見えていたため、飛鳥は兄に黙って自宅を飛び出したのだった。

 だが、その程度の小細工は〝過保護者の代表格〟には通用しなかったようである。

「あんたのお兄さんも相変わらずね」

「早くも俺を〝義兄さん〟呼ばわりか……。烏滸がましいわッ!!

「呼んでないわよ」

 バキュウゥゥゥゥンッ!!

 銃弾が綾瀬の頬の数センチ隣を通過し、背後の樹木に命中した。

 枝葉に積もっていた雪がばさばさと落ちる。

 雪と泥を払いながら大和は立ち上がり、改めて綾瀬に銃口を向けた。二撃目の準備は既に済んでいる。

「元傭兵の俺を敵に回さない方がいい。これは警告だ」

「話にならない」

「……にしても。オモチャの銃にしてはやけに迫力があったわ」

「なにを言っている。本物に決まってるだろう」

「あかーん!」

 緊迫した状況に見えなくもないが、ここにいるのは大和の本性を知り尽くしている面々。

 一様にげんなりした表情を浮かべ、欠片も警戒していない。綾瀬を護るべきパートナーゼクスであるズィーガーに至っては、座り込んで大あくびをしていた。

「大和!」

 そこへ、新たなガーディアンとディアボロスが到着する。

 魔人のアニムスが背から降りるのを見届けた守護者のガルマータは、ケンタウロス形態から聖衣(ジャージ)形態へとその姿を変えた。

 アニムスは大きなリボンでツノを隠し、長い尻尾をベルトのように胴体へ巻き付けている。人類共通の敵とみなされている黒の世界のゼクスであることがバレると、酷い目に遭わされるからだった。

「どうにか追いついたか」

「〝飛鳥を感じる!〟って急に走り出すんだもん」

「精神の鎧を纏っていても追い付くのがやっととは、恐ろしい走力だ……。いや、そんなことより、いまの銃声はいったい何事だ!?」

「緊急事態だ」

 大和はふたりを振り返らず簡潔に答えると、誰よりも脱力している飛鳥へ諭すように語り掛けた。

「遠慮なんていらない。兄ちゃんを頼ってくれ。どうせまたトラブルに巻き込まれたんだろう。飛鳥は昔から女運が悪いからな。魔女の誘いを断れないなら俺が始末して……」

「悪いけど僕と綾瀬ちゃんの問題なんや」

 陰謀論を展開する大和に対し、飛鳥はいつになく強い口調で言い放った。

「兄ちゃんは邪魔にしかならん。どこぞへ行き!」

!?!?

 頭を抱え、よろける大和。

「あああ……。これは夢だ……。悪夢に違いない……。あの優しい飛鳥が俺を邪険にして、どこの馬の骨ともしれん女を選んだ……」

 身体を捩り、身悶えする大和。

「うわああ! 飛鳥が穢れてしまった! 俺の管理不行き届きだ! 病床のおふくろや死んだ親父になんて伝えればいい!? 穴があったら入りたい!! 誰か俺の墓を掘ってくれ!! そして、俺が眠る墓の上に魔王城を建ててくれ!! おうっ……。うおうっ……。えくえぐっ……。びえええええええんッ!!

 滂沱の涙を流して、駆け出す大和。

「どこへ行くんだ、大和!? 弟を捜していたのではなかったのか!?」

「あんなに大泣きする大人、初めて見たよ」

「あれくらい強く言わんと、兄ちゃんは諦めてくれんやろうし」

 天王寺兄弟は、天使のフィエリテ、魔人のアニムスと一緒に大阪のマンションで四人暮らしをしている。血縁は無くとも、勝手知ったる仲だった。

 にも関わらず、アニムスは許しを請うような、機嫌を伺うような上目遣いで飛鳥を見上げる。

「えっと……。ごめんなさい。飛鳥は大和をおうちに引き留めておいてほしかったんだよね? でも、私、話しちゃった。〝兄ちゃんには内緒にしといてや!〟ってお願いされてたのに……」

「ん? ……ああ! なんも気にせんでええ。僕かて、ろくに説明せんと飛び出してもうたからな」

「いつもの飛鳥に戻ってる! 良かった……。だって、あの時の飛鳥、すごく怖かったんだもん」

 それは、飛鳥が旧時間軸の記憶を取り戻し、救うと誓った綾瀬を放置していた事実に気付いた日の出来事。彼の心中には激しい後悔が己への憎悪となって渦巻いていた。

 幼い見た目ながらも、アニムスはほかに類を見ない特別な固有能力を3つも持っている。そのうちのひとつが、周囲の人物の思考を彼女が望まずとも読み取ってしまうというもの。

「謝るのは僕の方やね。堪忍な。心を読めるアニムスちゃんにはキツかったかもしれん」

「ほんとだよ! さっきの大和ほどじゃないけど、泣いちゃったんだからね! 感情爆発のカウントが一気に7つも上がっちゃったよ!」

「7ッ!?」

「ちなみに、いま11だから」

「11ッ!!」

 アニムスは様々な見た目のぬいぐるみを周囲に出現させた。その数11体。

「アハハハ……。次から、てゆうか、これ以上刺激せんよう気をつけるわ……」

 固有能力のふたつめは、感情が大きく揺さぶられるごとに使い魔のぬいぐるみを召喚するもの。使い魔が13体集まるとアニムスは感情爆発という大規模破壊魔法を発生させる。

 これにより、マンションが半壊する事件も起きた。フィエリテが守護結界で被害を最小限に留めたものの、さもなければ大阪は焦土と化していただろう。

 飛鳥とアニムスが和やかに会話する傍ら、綾瀬はもうひとりの人物へ尋ねた。

「ええと。あなた、ガルマータよね?」

「そうだ。君をずっと捜していた。飛鳥を捜す大和と行動を共にするようになったのは、最近のことだが……。綾瀬、ガーディアンを襲わないでくれ。私の首で気が済むなら差し出そう。ただし――」

 ガルマータはしばし逡巡したのち、綾瀬へ提案を持ち掛けた。

「……白の世界へ出頭してもらいたい」

「構わないわ。でも、首はいらない。発掘村事件の真相を知ったもの。あなたを恨んだのは完全に私の勘違い。むしろ、恩人だったのにね。言い訳にしかならないけれど、レヴィーに唆された結果よ」

「この人、嘘は言っていないよ」

「そうか」

 飛鳥との会話を終えたアニムスが、流れ込んできた綾瀬の心の内をガルマータへ明かした。

 発掘村事件とは奈良の寒村で発生した、ガーディアンたちの同士討ち。村民や発掘現場の考古学者が騒乱に巻き込まれ、多数の生命が失われた。唯一の生き残りが、まだ幼かった綾瀬とガルマータ。事件の前後関係を説明できる者が誰ひとりおらず、経緯は不明とされているが……。

 綾瀬は真実を〝知らされた〟。

 まず最初にレヴィーが遺跡の崩落を引き起こした。綾瀬の両親が生き埋めとなった。半狂乱となった彼女がレヴィーの能力を最大限に引き出した。結果、嫉妬感情を極限まで高められたガーディアンたちは殺し合いを始めた。いまなお、白の世界唯一の汚点とされる大惨事である。

 両親の死因は生き埋めによるものなのか、ガーディアンの乱闘に巻き込まれたものなのかは、はっきりしていない。ただ、死亡のみが確認されている。

 これらの真実を知らぬまま、綾瀬はもうひとりの生き残りであるガルマータへの復讐を誓ったのだった。

「ほかに申し開きはあるか?」

「ないわ。強いて言うなら、死刑にして頂戴」

「裁くのは私ではないが、単なる死刑では釣り合わないだろう。死は慈悲ともなる。赦してしまっては秩序が乱されてしまう」

「けれど、ほかに贖う方法がないもの」

「そこで僕発案のナイスアイディア! デート大作戦の出番や!」

 暗澹とした雰囲気を吹き飛ばすように、飛鳥も会話に割り込んできた。

 対して、綾瀬はハイライトを失くした瞳で飛鳥を見据える。飛鳥はさらに気温が下がるのを感じた。

「さっきは言い損ねたけど、なんであんたとデートしたら、私が幸せを感じる前提なの? あんたへの好意は皆無。むしろ嫌悪対象だけれど? ……ああ。その苦しみに耐えるのが償いかしら。このうえない極刑ね」

「きっついな! まあ、相手は僕やなくてもええ。けど、ほかに込み入った事情を知っとる奴がおらんしな。ガルマータはんとアニムスちゃんは〝旧時間軸〟って聞いて、ピンとくるか?」

「いいや?」

「んー……。飛鳥、フィエリテ、綾瀬、黒豹には、それぞれふたつの記憶があるみたい。これって、すっごく不自然な状態だよね?」

「なるほど。前世の記憶が混在しているようなものか」

 アニムスとガルマータの推察に、飛鳥と綾瀬が頷く。

 精神力の強い者でなければ、訳も分からず発狂してしまってもおかしくない。

「言われてみれば、私にも違和感を覚える瞬間はあったよ。本当に大和のパートナーゼクスなのか、とか」

「なんということだ……。実は私も大事なパートナーがいたような気がしてならない」


「キュピ~ン」

 一方その頃。

 遠く離れた関東の地で、あるガーディアンの乙女が振り向いた。

「西の方角にガルマータ様の気配を察知しました。ミサキさん、作戦は無視してダッシュで向かいましょう!」

「駄目ですよ。私たちはバシリカ・トゥームの仲間と合流するための、サポート要員なんですから」

「でも! 確かにガルマータ様の声がしたんです! 結婚を約束した大事なパートナーであるケィツゥーの名を叫んだんです!」

「いつもの幻聴じゃないですか?」

 ミサキは鈍感、ケィツゥーは夢見がちだった。


「大和兄ちゃんの本当のパートナーゼクスはクレプスってゆう、大人の女性。ディアボロスや」

「ガルマータにも弓弦羽ミサキっていう、アイドルのパートナーがいたわよ」

「こっちじゃ引退してもうたけどな。国民的アイドルとの別れに、みんなして枕を涙で濡らしたもんや」

「そうか。胸にぽっかり穴が空いているような感覚に合点がいった」

「私もスッキリしたよ。だとしても、大和は気に入ってるけどね。一緒にいて楽しいもん!」

「くだらねェ雑談はそのくらいにしとけ」

 とめどなく続く会話に痺れを切らせたズィーガーが釘を刺す。

「オイ、坊主。デート大作戦とやらの続きを聞かせろ。綾瀬が嫉妬を忘れたらどうなる?」

「居心地が悪うなったレヴィーは、次にフィエリテはんを狙うやろな。綾瀬ちゃんの系譜を持つ嫉妬持ちやし」

「……私の身代わりになるってこと?」

「ちゃう。一時的にでもレヴィーを追い出せたら、綾瀬ちゃんはズィーガーはんと、僕はフィエリテはんと合体する。二度とレヴィーに介入させんようブロックするんや」

「合体? いま合体って言った? 永遠の13歳としてはなんだか興味あるかも!」

「へッへッへッ。嬢ちゃんと合体か。いいじゃねェか!」

「……飛鳥?」

「話の流れで分かるやろ!? イグニッション・オーバーブースト! IGOB!!」

「普段からいやらしいことばかりしてるから誤解されるのよ」

 飛鳥が発生させるラッキースケベ現象。

 幾度となくその被害に遭ってきた綾瀬がジト目で言い返す。

「あれもこれもそれもどれも不可抗力なんや~~~~!」

「君たちがなにをそんなに盛り上がっているのか判然としないが……。ひとりでは耐え難い苦痛も、ふたり掛かりなら抗える。そういう可能性の話だっただろうか?」

「せやせや。そんくらいの絆はあるやろ?」

 綾瀬とズィーガーが顔を見合わせる。

 先に口を開いたのはズィーガーだった。

「ヘッ。絆なンて曖昧なもンが俺様たちあるかよ」

「そうね。犯罪の片棒を担いでもらってるだけだもの」

「ほんっと素直やないなあ……」

「……だがな。俺様もレヴィーにはムカついてンだ。ヤッてやろうじゃねェか!!」

「その意気や。もちろんフィエリテはんは僕が守ったるで!!」

 サムズアップでキメ顔する飛鳥。

 しかし、爽やかな笑顔を向けられたフィエリテは首を傾げている。

「待ちなさい。この作戦には極めて重大な欠陥があります。何故なら、私は嫉妬感情など持ち合わせていないからです。レヴィーを惹き寄せる囮役としては決め手に欠けます」

「んなアホな! いつものオシオキは嫉妬的なもんちゃうんか!?」

「いいえ? 愚かな人間を導くのは天使の使命。それだけですが?」

「この人、嘘は言っていないよ」

 フィエリテはレヴィーを警戒こそしているが、それは同族嫌悪からくるものだった。普段から飛鳥に対して激しい嫉妬感情を抱いている自覚はまったく無い。

 テレビのチャンネル争いを巡ってマンションを半壊させたアニムスが皮肉交じりに付け加える。

「昼メロが好きなくせして、自分自身の大切な気持ちには気付けないおばかさんだけどね」

「おばか!? ……私は酷く傷付きました。覚悟はいいですね?」

「ぎゃ~~~~~~~~~~!?」

 ハリセンが尻を往復する小気味良い音が寒空に響き渡った。

 煽ったアニムスはそしらぬ顔。

「すまない。最後にひとつだけ大事なことを確認させてもらえないか」

「あいたた……。なんや?」

「飛鳥、君からは四大天聖“地(テラ)”ウリエルに近しい気配を感じる。なんらかの関係があるのだろうか?」

「ウリエルはんは僕が白の世界へ進んだ姿らしいで。でもって、フィエリテはんはラファエルはんや」

「なるほど。……ならばこの件、君たちに託したい。頼めるだろうか?」

 差し出されたガルマータの手を、飛鳥は握り返した。力強く。

「任されたわ。綾瀬ちゃんにも責任はあるけど、まず裁かれるべきはレヴィーやし」

「ありがとう。殺された同族を思うと胸は痛み、秩序に反する発言をするが……。本音としては、私も綾瀬に救われてほしい」

「ガルマータ……」

「だが、レヴィーなる者や君たちの背景事情を知らない私に、適正な判断は難しい」

「私たちは大和を追うよ。この世の終末ってくらい自暴自棄になってたから。それこそ、大魔王に目覚めちゃいそうなくらいだったもん」

「ちいとばかし、言い過ぎたかもしれん……。悪いけど兄ちゃんのフォローを頼むわ」

「うんっ! なにもかも全部、うまくいくといいね!」

「では、さらばだ」

 再び精神の鎧を纏ったガルマータはアニムスを背に乗せると、足早に去って行った。

 騒がしかった大阪城前の広場は、ふたたび3人と1匹だけとなる。

「てなわけで! 行こか、綾瀬ちゃん!」

「結局、そのくだらない案でいくわけね。すでに嫉妬感情なんかより憂鬱感情を強く感じるわ」

「私は納得していませんが、大事の前の小事と考えましょう」

「クククッ。デートごときで状況を覆せるなら、将来、綾瀬をおちょくるネタにもなるってもンだぜ。俺様が齎せる救いは、死のみ。認めらンねェならどうにかしてみせろ」

「馬鹿馬鹿しい。ほんっとに馬鹿馬鹿しいったらないわ。……けど、正直言って私も八方塞がりだったから付き合ってあげる。……あっ。〝付き合う〟ってのは〝付き合う〟って意味じゃないわよ!?」

「はいはい。分かっとるわ。とにかく任せとき。いつか笑い話にしてみせるわ!」

「刻限は知らねェ。綾瀬が絶望に呑まれるまでだ!」

 ズィーガーに檄を飛ばされた飛鳥は、綾瀬の手を引いて一歩を踏み出した。

 世界のためではない。ひとりの少女を呪いから解き放つ。ただ、それだけのために――

(いつでも死ねる。覚悟はできてた)

 綾瀬が誰にも聞こえないような小声で呟く。

(宿命からは逃れられない。なのに。いまさら。どうして。期待させるの。飛鳥……?)

03 しあわせになって

「んじゃ、ミッションスタートや!」

 綾瀬抜きでの作戦会議が終了した。

 真っ白なタキシードに着替えた飛鳥がズィーガーにまたがっている。携えた大きな花束は真紅の薔薇。

「気障野郎を乗せるなんて最悪だぜ……」

「そんくらい我慢しい。ズィーガーはんかて、綾瀬ちゃんには生きてほしいやろ?」

「まァな。ンじゃ行くぜ!」

 飛鳥を乗せたズィーガーが駆ける。雪上にも関わらず、すさまじいスピードだった。

 すぐ後ろを、負けず劣らずの速度で飛行するフィエリテが追随した。

「たんまたんま! 速すぎ! 風の冷たさで顔が凍るっちゅうねん!」

「つべこべ言ってンじゃねェ! 時間がねェッつッてンだろが! ……それとな。さっきの言葉、勘違いすンじゃねェぞ?」

「ひぇっ!?」

 ズィーガーの背中から多数の刃が飛び出した。一部が飛鳥の頬や鼻先をかすめ、鮮血が飛び散る。

 身体中に武器を仕込んでいるのは、生物兵器であるプレデターの特性のひとつ。

「綾瀬は俺様の玩具なンだよ。俺様が俺様の意思で死を齎す。死にてェからって死なせてたまるか!」

「綾瀬ちゃんと気が合うだけあるわ。まったくもって素直やない」

「てめェの尺度で知った口利くな。……ンなことより。ほらよ。着いたぜ」

 そうして、飛鳥は綾瀬の前へ颯爽と現れたのだった。

 顔は血塗れ。ずたぼろに破けた純白のタキシードも、ところどころ赤く染まっている。

「やあ! 綾瀬ちゃん!」

 背後に隠れたフィエリテによって、後光が差している。

 さながら死地から凱旋した騎士が如く、神々しくも精悍な姿だった。

「地位を返上したとはいえ、元・大天使を演出装置に利用するなど……。大変遺憾です」

「なにそれ。白馬に乗った王子様のつもり?」

「黒豹やけどな。細かいことは気にせんとき。……とうっ!」

 片腕を突き上げたポーズの飛鳥が、意気揚々とズィーガーから飛び降りる。

 そして――

「んぎゃっ!」

 着地の際、雪で滑ってすっ転んだ。後頭部を激しく打ち付け、もんどりうって転がり回っている。

 端正な顔立ちに反比例するかの如く、残念な要素を多く抱える。けれど、欠点を帳消しにするほどの美点も多く持つ。それが天王寺飛鳥という人間なのである。これらの大半を知り尽くしていてもなお、綾瀬はいつもの冷ややかな視線で哀れな道化師を見下ろした。

「私、〝あんたの下らない漫才でハッピーになれる感性なんか持ってない〟って言ったわよね?」

 皮肉にめげず、痛みにも耐えながら、なんとか身体を起こした飛鳥は綾瀬を見上げた。

「……待ったかい?」

「ええ。体感時間で30時間ほど。会いたくもない相手を待つのがこんなにも苦痛だなんて驚きだわ。教えてくれてありがとう」

「せいぜい30分程度のはずやけど!? まあええ。可愛い綾瀬ちゃんにプレゼントを贈るわ」

「なにその物体」

 差し出されたのは〝薔薇の花束だったもの〟。

 用意周到にもあらかじめ花屋に注文していた、飛鳥なりの誠意の表れだった。……のだが、ズィーガーの疾走スピードについていけず、花びらの大半が散ってしまっている。

「あれえっ!?」

「新手の嫌がらせかしら?」

「ちょいタンマ! 作戦変更。作戦変更。……せや!」

 無惨な物体と化したものを背に隠し、飛鳥はフィナーレで贈る予定だった安物のリングを胸元から――

「ない。ない。どこにも無い! 財布とかなんも無い! これじゃせっかく考えた最高のデートプランの大半が実行でけへんのやけど!?」

「貸衣装屋にコートを預けましたよね? そちらでは?」

「ああああ!?」

「……しょうがないわね」

 情けなく慌てふためく飛鳥に一歩近付き、呆れ顔の綾瀬がハンカチを取り出す。

「ほら。顔上げて」

 そして、飛鳥の顔を伝う血を優しく拭き取るのだった。

「あ、あかんて! ハンカチが汚れてまう! ……あっ。綾瀬ちゃんの匂い……」

 途端に綾瀬のこめかみに血管が浮き出た。

「いだだだだっ! 傷口! そこ傷口だからっ!」

「変態には痛いくらいがちょうどいいのよ!」

「ぎゃ~~~~~~~~~~!?」

 大阪城前の広場。またも飛鳥の叫び声が寒空に響き渡った。

 ふたりの様子を見守っていたフィエリテとズィーガーが耳打ちし合う。

(なにやらまんざらではない様子に見えますが)

(あァ。意外にもな。少なくともあんな人間みてェな顔した綾瀬は久しぶりに見たぜ)

(不純異性交遊。不純異性交遊。不純異性交遊。汚らわしい。汚らわしい。汚らわしい。許し難し。許し難し。許し難し。悔しい。悔しい。悔しい。処す。処す。処す。死。死。死)

(天使が耳元で呪詛を呟いてンじゃねェよ……)

 応急処置する綾瀬も、される飛鳥も、知らず知らずのうち両耳を真っ赤にしている。

 仕上げに鼻っ柱と頬に絆創膏が貼り付けられた。

「はい、おしまい!」

「……あ、綾瀬ちゃん!」

「な、なによ改まって……。言いたいことがあるなら聞いてあげてもいいわよ?」

「こんな間抜けな僕やけど。ぼ、僕と……。僕とつつっ。付ぎッ!!

 勢いよく舌を噛んだ飛鳥はその場にうずくまった。

「まったく。なにやってんだか……」

 片手で〝ちょっと待って〟とジェスチャーされ、なんともいえない空気が漂ってから1分少々。

 飛鳥は勢いよく立ち上がった。

「あかーん! 僕としたことが舞い上がってもうた。いまのなし! リテイク! なんでか知らんけど、めっちゃ緊張したわ。おっかしいなあ。中学生の頃から女の子への告白なんて何度もやっては玉砕しとるから、慣れとるはずなんやけど……」

「ふ~ん?」

 底抜けに明るいひょうきん者。顔面レベルも高い。いつもクラスの中心にいた飛鳥は女子からの評判も上々だった。だが、クラスメイトから告白されたことは一度も無く。告白するのは飛鳥から。しかも、決まって返事を聞き出す前に逃げられてしまうのだった。回数にして、1ケタでは収まらない。

 飛鳥以外の2人と1匹は、大和が裏で妨害工作して回る光景を思い浮かべた。

「すまんけど、ズィーガーはん、フィエリテはん。初期配置からやり直そ!」

「しょうもねェ三文芝居、またやんのかよ……」

「先に言っておきます。三度目はありません」

「ハァ……」

 綾瀬は声に出すように、大きな溜息をつく。

「私からも釘を差しておくわ。仮にさっきの言葉の先が言えたとして、OKしないから。絶対にッ!!」

「お芝居でも許されないん!? ……いいや。綾瀬ちゃんはツンデレやから希望はある。僕は諦めへんッ!!」

「やるなら早くして。ただでさえ寒いのに、ひとりで突っ立ってる身にもなってほしいものね」

「せ、せやね……。花束はもう諦めて、すぐ戻って来るわ!」

 遠ざかって行く2人と1匹の背を眺めながら、綾瀬は無意識に笑みを浮かべた。

「なぜかしら。心底くだらないと思いながら、どこか楽しんでる私がいる。……あいつは、なに? 私にとって、どういう存在なのかしら?」


「二度と失敗すンじゃねェぞ」

「成功しても失敗しても、飛鳥はあとでお仕置きです」

「なして!?」

 フィエリテは極めて機嫌が悪かった。

 そもそも彼女が下界へ降りた理由は、白の世界最上位の天使であるウリエルから飛鳥を守護するよう勅命を受けたため。しかし、記憶を取り戻した現在は別の理由がふたつある。ひとつは綾瀬を救うため。鈍い飛鳥が、もうひとつの理由に気付くことはないだろう。

 ちなみに、飛鳥は貸衣装屋に立ち寄って、ずたぼろのタキシード姿から元の普段着姿に戻っている。

 無論、多額の弁償金を支払う羽目となった。

「ま、まあ、ええわ。……ほないくで! 3、2、1、スタート!」

「アゲてイクぜ。ついて来れるか、ヘボ天使!」

「私の精神力が卑しい獣風情に劣るとでも?」

「ぬわああああ! 風が! 風が痛い! 何卒、お手柔らかに~~~~!」

 飛鳥が仲間のふたりへ号令を飛ばすと、ズィーガーは前回を上回るスピードで駆け出した。負けじとフィエリテも尋常ならざる速度で追随する。

 綾瀬の姿が遥か遠くに見えたその時――

 見覚えのある人物が彼らの進路上を通過しようとしていた。

「……ン? なンだ、あの魔人?」

「ソトゥ子さん! 仮面が違うような気もしますが、間違いありません!」

「ほんまや! ま、僕らのこと覚えとるわけないけどな。……おーい! 危ないからどいてや、ソトゥ子はん!」

 彼女は夢を通じて絆を結んだ、ディアボロスのソリトゥス。本名はリース・ヴィヴァ・クルゥシ。だが、それは旧時間軸の話。新時間軸において、彼女はソリトゥスではない。

 枢要大罪“憂鬱”アスタロトは2人と1匹を振り返りもせず、なにやらぶつぶつと呟いている。

「飛鳥君が…上柚木さんとデートしてる……。憂鬱」

 その時、異変が起きた。

「だりィ……」

「わっ!?」

 唐突に気力を失ったズィーガーが疾走るのを止め、雪の中、腹を見せる姿勢で寝転がった。

 物理法則に従い、飛鳥は吹っ飛ばされる形となる。

「私はなんて駄目天使なんでしょう。生まれ変わったらシュークリームになりたい……。ふわあ~。にゃんこもふもふ~~~~。憂鬱」

「猫じゃねェ……。フニャァァァァ~~~~。憂鬱」

 やはり気力を失ったフィエリテはズィーガーの腹の上で丸まっている。

 放物線を描くように放り出された飛鳥はというと……。地面を華麗に転がり滑ったのち、綾瀬の足元で止まった。ズィーガーのように、仰向けの姿勢で。

「あ~~~~。見ちゃならんもん見てる気がするわ。どうでもええけど……。憂鬱」

「……人のスカートの下に潜り込んでおいて、言うことはそれだけ……?」

 薄ら笑いを浮かべた綾瀬は飛鳥の顔面を踏み付けてグリグリした。

「ぎゃ~~~~~~~~~~!?」

 応急手当してくれた本人に傷口を広げられ、さすがの飛鳥も痛みに絶叫した。

 叫び声を聞いたフィエリテとズィーガーも我に返る。

「……ハッ!? てめェ俺様の上でナニしてやがる!!」

「なぜ私が下賤な獣を抱き枕代わりに!?」

「なして僕、踏まれとるん!?」

「遺言はある?」

 飛鳥のデート大作戦が、これ以上ない失敗に終わった瞬間だった。

「そ、そうや……! 肝心なこと言わんと! 僕と、つ、付き合ってくれへんか!?」

「突き合ってどうするっていうの? ……いやらしい」

「ちゃうねん! んなわけないやろ! てか、なにが起きてるん!? なんも見えへん!!」

「そういえば、ソトゥ子さんはどちらへ?」

「ソトゥ子……? あの鬱陶しい魔人がどうしたっていうのよ」

「いねェ。なんだったンだ。あいつに近付いた直後、なにもかもがどうでもよくなっちまった」

 腑に落ちないようなフェエリテとズィーガーの様子に、綾瀬も首を傾げる。

 そして、飛鳥を蹴り飛ばした。

「あいたあっ! ……え、えっと。いちおう聞きたいんやけど。三度目は……?」

「ありません」

「付き合いきれねェ」

「……可能性があると思ってるの?」

「ですよね! なんでこないなってもうたんやーーーー!!」

 身体を捩り、身悶えする飛鳥。

 そんな彼に駆け寄ってくる者たちがいた。

「見付けた! もしやと思ったけど、やっぱり飛鳥だったね!」

「フィエリテ様、それに、綾瀬様とズィーガー様もいらっしゃいます」

「スイちゃんにイースちゃんか!? 僕らに声を掛けたってことは、まさか旧時間軸の記憶が!?」

「察しの通りです。わたしとスイのふたりだけですが」

 それは、ほかにも連れがいるかのような発言だった。

 気付いている者は少ないが、彼らが共通して装着しているリング・デバイスには、大雑把に互いの位置を知る機能がある。おおよその見当を付けて向かったら、飛鳥の叫び声を耳にしたという流れだった。

 ややあって、おんぼろな自動車が一同の前に到着。見知った人物がさらに4人降りてきた。

「紗那ちゃんとユーディはん、ゆたかちゃんとフレデリカちゃんまで!? どういう組み合わせなん!?」

「どうやら〝久しぶり〟らしいですぅ~。さっぱり覚えてませんけど~」

「まったく……。困った先輩です。お兄さんをあんなに心配させて、こんなところでなにしてるんですか?」

「ああ。いや。綾瀬ちゃんとデートをな……」

「遠くからも見えましたが、デートとは顔を踏まれながら行うのですね。人間にはまだまだわたしの知らないエキセントリックな文化があります。幻夢郷では得難い学びです」

「イースん、あれは特殊性癖ってやつだから。残念ながら学んじゃいけない」

「なるほど。変態と分類される人種ですね? 承知しました。忘れる努力を致します」

「それ以上言わんといて! 誤解やし! つらいから!」

 飛鳥たちは来訪者たち6人の事情を聞いた。

 スイとイースは飛鳥や綾瀬たちと同じ記憶保持者。

 かつての仲間、特にきさらを捜す旅の途中、関東を目指してスキップする紗那とユーディに出逢った。

 さらに、ペンドラゴン使徒教会で住み込みの宣教師アルバイトをしていた、ゆたかとフレデリカが加わった形である。行方不明になった飛鳥を見つけ出すまでの間、という条件付きで。

「むう~。飛鳥先輩を見つけたから、もう帰れると思ったのに……。肝心の大和さんに連絡が繋がらないんですけど! 携帯電話も! ニャインも! ゼットも!」

「アハハ……。兄ちゃんとちょっとしたトラブルがあってな。たぶん電源切っとるんやろ」

「それにしても、飛鳥に彼女がいたなんて初耳だぜ! 紹介しろよ! な!」

 フレデリカから〝飛鳥の彼女〟呼ばわりされた綾瀬が不機嫌そうに答える。

「そういうのじゃないから。いちおう、あなたたちのことなら知ってるわ。ク・リト王家の第一位王女、ユティーカ。あるいは天竜ゆたか。パートナーゼクスのあんたはマーメイドのフレデリカだったかしら」

「マジでアタイたちが失くしちまった記憶を持ってるんだな。陸上活動中はバトルドレス着ねえから、滅多にマーメイドってバレねえもんだが」

「私は上柚木綾瀬よ。使徒教会でアルバイトしてるなら、大阪に住んでるってことよね。だったら〝守護者殺し(ガーディアン・キラー)〟と言った方が通じるかしら?」

「またまた~。さすがは飛鳥先輩の彼女さん、冗談がお上手ですね!」

「いや。それがな。……ほんまなんや」

「ええ~~~~!? あっ。でも。私たちガーディアンじゃないから安心ですね!」

「そういう問題じゃねえ! 四世界議会に指名手配されてる危険人物ってことだぞ!」

「弓弦羽孤児院でも保母さんたちが子供たちに、くれぐれも注意するよう教えていました」

 イースがスイを、フレデリカがゆたかをかばうように前へ出た。

 面倒そうな話題にすっかり興味を失った紗那とユーディは、ズィーガーをもふもふしようと、じりじりと距離を詰めている。男嫌いのズィーガーは全身から刃を出して威嚇した。

「綾瀬様を倒すべきでしょうか、スイ?」

「う~ん。判断付かないから、もっと詳しい事情を聞きたい」

「……綾瀬ちゃん。話してもええか?」

「好きにすれば」

「ありがとな。じつは……。かくかくしかじか」

 飛鳥はプリンセス・マギカ レヴィーの存在を告げた。

 綾瀬に取り憑いた彼女を放置すれば、いずれ新時間軸もまた、無に返されることを。

「ちょっと待ってください! つまりいま私たちがいるのは虚構で……。私の高校生デビューも泡沫の夢みたいなものなんですか!?」

「いや。旧と新、どっちも現実や」

「二周目と考えれば分かりやすいかもしれません。五つの世界は神(ディンギル)により、個別に何度もやり直しを迫られたと聞いています。ウリエルも似たようなことを繰り返したそうですが……。私などのために……。ともかく、それよりもっと規模の大きい事象が竜域・神域・幻夢郷すべてに発生したものと思われます」

「どれもこれも初耳ですし、頭がパンクしそうなんですけど……!」

 フィエリテは〝二周目〟と表現したが、実際はそうではない。

 滅亡へ至る世界の意思・ワールドアバターの集合体である〝L.Y.R.P.H.(リルフィ)〟を誕生させ、消滅に至ったのが一周目。旧時間軸が二周目。新時間軸は三周目に当たる。

「にわかには信じ難いが、対策しねえとマズそうだな。高校生活がどうこう言ってる場合じゃねえぞ」

「全然分かりません! つまり、どうすればいいんですか!?」

「綾瀬様がハッピーな気分になれば、この時空を守る道が開かれるのです、ゆたか様」

「なるほどです! 結論だけは分かりました!」

 理解力が心許ないゆたかへ、イースがそっと耳打ちした。

 対照的に全貌を察したスイは、うんうんと頷いている。

「だからデートだったんだね。……よし。私たちも手伝っちゃおう。イースん!」

「そうですね。なにかしら協力できるはずです」

「……結構よ。もう私のことは放っておいて。こんなことでレヴィーをどうこう出来るとは到底思えない」

 申し出を突っぱねる綾瀬に、スイはなおも食い下がる。

「そんなこと言わないで! せっかく巡り合えたんだよ!? それに、旧時間軸がそいつのせいで終わったんなら、なおさら放っておけない!」

「話は聞きました。おふたりのデート、このユーーーーディめがコーディネートして差し上げましょう!」

「楽しいこと大好きですぅ~」

 突出した刃を器用に避けながらズィーガーの背に立つ紗那とユーディが、高らかに宣言した。

 弄ばれたズィーガーはこの世の終わりのような疲れ切った表情でぐったりしている。

「もうっ。分かったわよ! 飛鳥もそれでいいわね!? あと一度きりだからね!?」

「綾瀬ちゃん……。ああ。君を幸せにしたる。絶対にッ!!」

「変な言い方しないでよ!!」

 綾瀬はこの時の妥協を、のちに〝死んだ方がマシだった〟と悔やむこととなる。

04 イタズラなデート

「主役の飛鳥さんが脚本を考案している時点で無理があったのです。なぜなら、ただの願望、ただの自己満足でしかないのですから」

「うっ。なんも言い返せん……」

 ユーディの鋭い指摘がグサグサと飛鳥の胸を穿つ。

「筋書きなど必要ありません。計画ばかりに気を取られ、楽しめないではないですか」

「一理あるわ」

「そうですとも。演出などのお膳立ては私どもにお任せください!」

「おふたりでごゆっくりですぅ~」

 ニコニコする紗那とユーディに、飛鳥はそこはかとない不安を感じた。

 ここにいる全員と幻夢郷のク・リト王城でともに過ごした日々がある。

「僕や綾瀬ちゃんはあんまし関わりなかったけど。紗那ちゃんとユーディはんって、みんなにイタズラしまくって、めっちゃ警戒されとらんかったか?」

「そうだったわね。……なんとなく嫌な予感がするわ」

「チィッ!! いえいえ。滅相もない

「舌打ちと建前のボリューム感が逆!」

「ねえねえ。ふたりきりのデートにこだわること、なくない?」

「綾瀬さんは飛鳥先輩のこと、嫌ってますもんね!」

 首を傾げながら発言するスイに、ゆたかが朗らかな笑顔で追従する。

 豪速球が飛鳥の胸を貫いた。

「あら。よく分かってるのね」

「飛鳥は女性関係のトラブルを多発させます。目付役として不甲斐ない限りです」

「ううっ。さっきから言葉の凶器が胸に突き刺さるわ……」

「でしたら、こういうのはどうでしょう~?」

 今度は紗那が提案した。

「飛鳥さんと綾瀬さん、私とユーディ、スイさんとイースさん、ゆたかさんとふーちゃんさん、余り物のフィエリテさんとズィーガーさんでクインティプルデートをしましょう~」

「余り物!?」

「俺様を巻き込むンじゃねェ……」

 不満げなフィエリテとズィーガー以外、紗那の提案に前向きの様子だった。

「いいですね! デート!! 実に!!! いいですね!!!!」

「頼むから落ち着いてくれ、ゆたか……」

「ゆたかさんとフレデリカさんってほんとに仲いいよね。友情以上の信頼を感じるよ。いいんじゃないかな。友達同士、女の子同士でのデートってのも普通にあるし!」

 イースがゆたかにそっと耳打ちした。

「クインティプルは、ダブル、トリプル、クアドラプルの次。〝5組の〟という意味ですよ」

「すっかり無知な扱いされてるのが気になります! 当然のように知りませんでしたので、補足ありがとうございます。楽しみですね、ふーちゃん! デートですよ! ねっ!」

「ひっつくなっての!」

 もはや飛鳥と綾瀬など眼中にないほどハイテンションなゆたかが、フレデリカに腕を絡ませる。

 言葉では邪険にしながら拒むことのできないフレデリカは、咳払いののちに続けた。

「デートはともかく。アタイら10人で適当に遊んでたら、嫉妬なんて忘れちまうかもな」

「どうかしら。自分で言うのもなんだけど、私、かなりノリが悪いから。せいぜい、飛鳥とふたりきりに比べれば可能性はあるかも、程度よ」

「うううっ。そこまで言わんでも……」

 うなだれる飛鳥とは対象的に、瞳を輝かせたイースが勢いよく提案する。

「ゼロでないなら、あらゆる可能性を試してみるべきです! 勉強熱心なわたしは現代世界の文化についても学びました! 若者が集団で遊ぶ場合、定番はカラオケかボウリングではないでしょうか!?」

「少し古い文化のような気がしないでもない」

「せっかく大人数なんです。ぜひともご一考ください」

「はいはいはい! それじゃあカラオケに一票です!」

「却下。死人が出る」

 カラオケを推すゆたかを速攻却下したのはフレデリカ。

「死人ですか? 何故?」

「少なくとも鼓膜か精神、どっちか崩壊するぞ」

 破滅的音痴なゆたかの歌声を思い出し、フレデリカは背筋を凍らせた。

 ゆたかにとっては遠回しに悪口を言われた形となる。

「ふーちゃん……」

「やべ。言い過ぎた。でも、事実だしな……」

「私のことそこまで理解してくれてたんですね!?」

「なんで喜んでるんだよ!? いまのは落胆するか怒るところだろ!? あと、いちいちひっつくのやめろ!!」

「ボウリングも誰かが施設を破壊する未来しか見えないね」

「でしたら、これはどうでしょう?」

 いまだに落ち込んでいる飛鳥に、イースが雪玉をぶつけた。

「ぶわっ!?」

「第三案は雪合戦です。先日、わたしとスイは赤の世界へ飛ばされました。吹雪が日常の過酷な環境だったのですが……。珍しく晴れの日があったのです。皆さんと一緒に楽しみました」

「息抜きにね。イースんはもちろん、リゲルさんやケィツゥーさんやマルディシオンさんやヴェスパローゼさんもエキサイトしてたよ。〝私のパートナーが一番!〟とかなんとか言いながら……」

「……えらく濃いメンツやね。てか、マルディシオンってあの不気味な鎧か!? いったい――」

「きゃっ!?」

 綾瀬の悲鳴に飛鳥が振り返る。なんのことはない。イースが綾瀬にも雪玉をぶつけたのだった。

 基本的には会話を聞くだけだった綾瀬が、身体をわななかせながらコートに付いた雪を払う。楽しげに会話しているのが、とにかく気に食わなかった。

「あれこれ考えてくれてるところ、水を差すようだけど……。好き放題言うのも大概にして! 私は遊べるような気分じゃないのよ! 人がどれだけ悩んでるかも知らずにッ!!」

「言わねェからだろ」

 一番の身内に正論をぶつけられ、綾瀬は固まった。

「付き合いが長げェからな。嬢ちゃんの苦悩は分かってるつもりだ。だが、ほかの誰かに悩みを打ち明けたか? いつまでもグチグチ勝手に塞ぎ込みやがって、悲劇のヒロイン気取りかよ」

「そんなこと……!」

「八千代とさくらもそうだったが、マジで上柚木の奴らはコミュニケーション能力低すぎて救えねェ」

「だって! 言ったって分かってもらえるわけないじゃない!」

「そンなンだから鬱陶しい坊主に世話焼かれんだよ。坊主だけじゃねェ。ここにいる奴ら全員が耳を傾けてくれてンだろ。話を聞いてくれるおせっかいどもがこんなにいるだろ。独りじゃねェンだ。いい加減に気付け。綾瀬は俺様みてェな殺戮兵器じゃねェだろ。人間様だろうがよッ!!」

 綾瀬は返す言葉を失った。

 皮肉屋なズィーガーに本気の怒りをぶつけられたのは、出逢って以来、初めてのことだった。

「いえいえ。私はただの興味本位で首を突っ込んでいます。ぶっちゃけ他人事ですね!」

「え? なんか言いました? 私、石入りの雪玉つくるのに忙しいですぅ~」

「ふーちゃんとイチャイチャできるなら、なんでもいいです!」

「クソがァ! 俺様がアイデンティティブチコロがして、らしくねェこと吐いたってのに、クソどもがァ!」

 ふてくされたズィーガーは離れたところへ移動し、そっぽを向いた。

「言いたかったこと、なんもかんも言われてもうたな。僕が口にしたところで、綾瀬ちゃん、まったく耳を貸してくれんから助かったわ」

「私もあの獣を、いえ、ズィーガーを見直しました。あれだけ言われて、まだ素直になれませんか、綾瀬?」

「……あと1回」

 綾瀬はぽつりと呟いた。

「さっきも言ったから。あと1回だけならお遊びに付き合うわ。信用してあげる」

「それは良かったです。ささ。身体が冷えてしまったでしょう。お茶受けとホットドリンクをご用意しました。まずは皆様、身体の内側から温まってください」

「えらく手際がええな」

「お話が長引いていたので、その隙に仕込んでいました」

 ワゴンにティーセットとスイーツを載せ、ユーディが運んでくる。車の荷台に積んであったのだろう。

 ティーポットを手にした右腕を高らかに上げ、ティーカップを手にした左腕は低い位置へ下げられている。にも関わらず、見事に紅茶を注いでみせた。

「イタズラだけでなく、お茶の作法も素晴らしい腕前なのですね。長年ソル様のメイドを務めたわたしから見ても完璧です」

「これでも桜街家の執事長ですから。ささ。特製のエクレアと一緒にどうぞ」

「ズィーガーもいかがです?」

「いらねェ」

 チョコレートでコーティングされた8個のエクレアを、皆が思い思いに手に取る。

「これ美味しい! イースんも食べてみなよ!」

「むむ……。これはレシピを教わらねばなりませんね」

「適度な甘さで何個でも食べられそうです! ズィーガーさんの分ももらっていいですか!?」

「どうぞどうぞ。なんでしたら私の分も差し上げます」

「ありがとうございます! う~ん。なんて美味しいんでしょう。次はタピオカ入りもお願いしますね!」

「綾瀬ちゃん、確かこういうの好きやったよな? なかなかいけるから食べんと損やで?」

「私と綾瀬の好物はエクレアではなく、シュークリームです。たこ焼きと明石焼きくらい異なるものです」

「……まあ、せっかくだし、私もいただくわ」

 綾瀬が最後のひとつを手に取り、口にした瞬間。

 その顔が白黒する。

「綾瀬ちゃん!? どしたん!?」

「……辛っ!? げほげほっ。なにこれ!?」

「言い忘れていましたが、ロシアンルーレット方式となっています。ひとつだけ、カスタード風味のマスタードでした。残り物には福があるとはよく言ったものです」

「大変ですぅ~。お茶をどうぞ~。熱いから気を付けてくださいね~?」

 涙目でユーディを睨み付け、綾瀬は紗那が差し出したティーカップを奪い取る。

「ぶふ~!」

「綾瀬様!?」

 リーファーに伝わる由緒正しき、激辛唐辛子を煮出した紅茶だった。

 座り込み、涙目で咳込む綾瀬の背をイースがさする。綾瀬は歯噛みしながら両手で雪を握りしめた。

「や~いや~い!」

「ドッキリ大成功ですぅ~」

「いやはや最高の結果となりました。特にターゲットを絞ったわけでもなかったのですが、綾瀬さんは12.5%を引き当てたわけです。おめでとうございます!!」

「……よくもやってくれたわね!」

「冷たっ!」

 振り返りざまに投げ付けられた雪玉を、紗那は優雅に、ユーディは大仰に身体をスピンさせて避けた。

 雪玉は無関係なゆたかとフレデリカへ命中することとなる。

「あっ。ごめんなさい……」

「……オイ。アタイはともかく、ゆたかになにしやがる。落とし前は着けてもらうぜ……?」

「きゃ~! ふーちゃん、素敵です!」

 怒りに血が登ったフレデリカが、かなり固めに握られた5個の雪玉を両手でお手玉のように弄んでいる。

「狙ってないし謝ったじゃない! 手違いよ!」

「問答無用! 喰らえ、マーメイド・トルネード投法!」

「綾瀬ちゃん危ない!」

 剛速球の5つの雪玉がすべて、かばうように躍り出た飛鳥の顔面に命中する。

 顔の怪我をすっかり忘れていた。

「ぎゃ~~~~~~~~~~!?」

「あっ。悪りい……」

「……いまの行為は見逃せませんね? 飛鳥をお仕置きしても良いのは私だけなのですが?」

「狙ってねえし謝っただろ!」

「問答無用です!」

 敵も味方もない、9人による雪合戦が始まった。

 大乱戦を遠くから眺め、ズィーガーは呆れた。

「……あいつ、天使のくせに俺様よりタチの悪い台詞ばっか吐いてンな」


「アニムスさんですよね!? 待ってください!」

「えっ? 誰?」

 大和を追ってひた走るガルマータの背に乗っていたアニムスが、頭上から呼び止められた。

 遥か上空の巨大ロボットから飛び降り、ひとりの小柄な少女がふわりと着地した。何故だか涙ぐんでいる。

「ああ……。信じられません。こんな奇跡があるものでしょうか。きさらちゃんに出逢えたことさえ、かなりの幸運なのに……」

「すまない。手短に頼めるだろうか。我々は急いでいる」

「どうかリルフィに力を貸してください!」

 アニムスはリルフィを名乗った少女をじっと見つめた。

 流れ込んでくる膨大な感情から事情を察する。

「ん~。まず〝旧時間軸〟ってのは本当にあった。そして〝旧時間軸〟より前には、さらに別の歴史もあった。つまり、いまの〝新時間軸〟は〝三周目〟ってことで合ってる?」

「リルフィのことを知らなくても、そこまで理解っちゃうんですか!?」

「飛鳥からも似たような話を聞いたばかりだから。誇大妄想を抱えた危険人物扱いにならなくて良かったね。下手すれば不安と恐怖で感情爆発してたところだよ」

「あぶなっ!? それにしても、飛鳥さんも記憶を保持してるんですね!」

「記憶保持者か……。そのような人物ならば、少なくとも6人は大阪にいたな」

「そうなんですか!? リルフィだって最初は大阪にいたんですよ!? 巡り会えていれば、あんな非道いことには……。いえ。そんなことより! アニムスさんにしか頼めないことがあるんです!」

 リルフィはかつて自身が消滅させてしまった〝一周目〟で、彼女ではないアニムスと交流している。

 だから、その能力も熟知していた。

「確かに私の能力が役に立つかもしれないね。いいかな、ガルマータ?」

「うむ。大和の追跡は私に任せてくれ。短い間だが、楽しかった。達者でな」

 ガルマータは片手を挙げながら走り去った。

 アニムスの固有能力、最後のひとつ。それは、降霊術でぬいぐるみに魂を宿らせるというもの。

「きさらちゃんとアニムスさんなら救ってくれるかもしれません。だから、どうか消えないでください。もっとたくさん教えてほしいことがあるんです。これからもリルフィを導いてください。……〝先生〟ッ!!」


 雪合戦に興じていた9人は、それぞれ大の字になって、雪の上で灰色の空を見上げていた。

 ゼクスも人間も一様に息が上がっている。

「こんなに無心になって遊んだの、いつ以来かしら……」

「どや。僕のプランとだいぶ変わってもうたけど、楽しめたんやないか?」

「嫉妬を忘れるほどじゃないけどね。……でも、ありがとう。吹っ切れた気がする。もう少し素直になるわ」

「和解する時は握手をするのが定番と聞きます」

 真っ先に立ち上がったイースが、飛鳥と綾瀬へ提案した。

「せやね。ほら、綾瀬ちゃん」

「うん」

「もっと僕らを頼ってくれてええ。みんなでレヴィーをどうするか考えような?」

 続いて立ち上がった飛鳥が、綾瀬に手を差し伸べる。少し躊躇いながら、綾瀬もその手を取った。

 ふたりの背後に忍び寄る影があるとも知らず。

「「!?」」

 絶妙な膝カックンが中途半端な姿勢のふたりを襲い、直後、ハイタッチの音が響き渡る。

「イェーイ!」

「イェーイですぅ~」

「さすがはイタズラ師匠の元祖膝カックン! 完璧に決まりました! お見事です!」

「時と場合ってのがあると思うんだけど……。いやでも、これは悪くないかも?」

 飛鳥が綾瀬を押し倒し、密着する形となっている。

「は、離れてよ!」

「す、すまん。ただでさえ体力使い切ってたんに、足が絡まってもうて、力が入らん……」

「顔が近い! 息が掛かる! どこ触ってんのよ!」

「そう言われてもな……。あの~。誰か助けてくれんか?」

 皆が皆、そっぽを向きつつ、チラチラと展開を伺っている。

 真っ先にふたりを引き剥がそうとしたフィエリテは、間髪入れずに動いたユーディに羽交い締めされ、紗那に猿ぐつわを施されている最中だった。元・大天使に対する扱いではない。

 そんな中、イースだけが飛鳥と綾瀬に近付いてくる。

 だが、助け起こすわけでもなく、興味深げな視線でふたりの隣にしゃがみ込んだ。

「ちょっと! 見てないでなんとかして!」

「わたしは空気の読める優秀なメイドですので。皆様の意思を尊重します」

「私の意思も尊重してよ! みんなが見てる前でなんなの! 最悪!」

「ふむ。言い換えると〝みんなが見てなければ悪くもない状況〟ということでしょうか?」

「~~~~ッ!!」

 思わぬカウンターをくらい、綾瀬の顔は過去にないほど真っ赤に染まる。

 いつの間にか、皆が渦中のふたりを取り囲んでいた。あからさまな好奇の視線に晒され、熱に浮かされた綾瀬の意識が遠のいていく。

 一方、フィエリテは簀巻きにされて木に吊るされていた。

「そういえば、私、すごい手品ができるんです! 高校生にもなって魔法少女じみてて恥ずかしいので、秘密にしてたんですけど……。特別にサービスしてあげますね!」

 なにかを閃いたゆたかの手の中に、鍵のような形状の杖が出現した。

 旧時間軸で幻夢郷からこっそり持ち出したドリーム・キーは、新時間軸のゆたかに受け継がれていた。無論、本来の用途や由来に関する記憶は失われているが。

「それってドリーム・キーやんか! なして持ってるん!?」

「クリト・リトリト・クリトリト~♪」

 すでに自分の世界へ没入しているゆたかに、飛鳥の声は届かない。

 意味不明なゆたかの呪文と舞踏に応えるように、ドリーム・キーの先端が光の螺旋を描く。螺旋は天高く立ち上ってゆき、やがて上空で四散した。

 キラキラと舞い降るカラフルな光の粒子が周辺の樹木に宿り、クリスマスツリーのようなイルミネーションとなった。最後の仕上げとばかりに、ゆたかは、ふたりの周辺にピンクのハートを描いてみせる。

「おしあわせに、です!」

「~~~~~~~~~~ッ!!」

 様々な感情がないまぜになった綾瀬は、声にならない叫びをあげた。

 その感情の中枢にあるものは〝死んだ方がマシだった〟。

『許さない。許されない……』

 嫉妬感情よりも羞恥感情がマックスとなった綾瀬から黒い霧のようなものが出現し、ヒトの形を取った。前回とは異なり、綾瀬から明らかに距離をおいている。

 レヴィーは忌々しげに吐き捨てた。

『何故あなたに嫉妬以外の感情がそんなにも残っているの? 極上の揺り籠だったのに……。このままでは他世界と黒の世界を敵対させ、集めた嫉妬が拡散されてしまう』

 憎々しげに睨んでいたレヴィーは、激しく嫉妬感情を迸らせながらもがいているフィエリテに気付いた。

 だが、先に反応したのは飛鳥。

「させるかっ! フィエリテはん!!」

「もがっ!」

「綾瀬! 目ェ覚ませ! 俺様たちもイクぞ!!」

「……うん!」

 飛鳥とフィエリテ、綾瀬とズィーガーがそれぞれ眩い光に包まれる。

 パートナーとの強い絆をもって心身ともにひとつとなる技法、イグニッション・オーバーブーストだった。

「ええか。自分をしっかり持つんやで!? 念のため、ゆたかちゃんと紗那ちゃんもしとき!!」

「よく分かりませんが、分かりました!」

「I・G・O・B、ですぅ~」

 レヴィーは姿を変えた紗那とゆたかをひと目見て、驚愕した。

『信じられない。嫉妬感情がまるでない。本当に人間なの……?』

「嫉妬ってなんでしょ~?」

「私はふーちゃんと物理的にも精神的にも一緒になれて、デリシャスハッピーですから!」

 さらに、イグニッション・オーバーブーストしていないスイとイースまでも、嫉妬とは無縁だった。

 悲運に塗れた過去に比べれば、心を許せる仲間と過ごせる現在は最高に楽しい。

「わたしたちを乗っ取ろうとしても無駄です。スイはいつだって前向きですから。えっへん」

「イースんもね! ……そもそも感情そのものが薄いけど!」

「ふふふのふ」

 取り憑くシマがない。かつて、これ以上に想定外の事態は無かった。

 それでもレヴィーは余裕の笑みを浮かべている。

『考えたものね。けれど、いつまでそうしているつもり? 私にはいくらでも時間がある。気を張り詰めたまま、無限に介入を拒み続けることなんて不可能よ。私が手を下す必要さえ無い』

「残念だけどその通りね。……飛鳥、次はどうするの?」

「気合と根性や!」

「は?」

 飛鳥から返ってきた答えは至ってシンプルなものだった。

「は?」

「2回言うた!」

「そりゃ言うわよ! この先、無策ってこと!?」

「いや。だって、ほら。まずは綾瀬ちゃんからレヴィーを引き剥がすのが最優先やったし……」

「カッコつけるなら最後までしっかり決めてよね! どうすんの、この状況!?」

「いや。だって、ほら。これまでも行き当たりばったりで、いろいろと乗り越えてきたし……」

「あんたを信じた私が馬鹿だった!」

「考える時間が無かったんやああああ! てか、綾瀬ちゃんよりフィエリテはんの嫉妬心が凄すぎて、僕の方がキツいんやけど!? あかーん!!」

 抱き合う飛鳥と綾瀬の様子を見せ付けられたフィエリテの感情は台風のように荒れ狂っていた。

「また雪が降ってきました~」

「珍しいですね? 大阪は滅多に雪が降らない、降ったとしても積もるほどではないと聞きましたが」

「なんだかいいことありそうですぅ~!」

「……って! 呑気な話してる場合じゃないです! レヴィーさんってすっごく強いんですよね? ラスボス級なんですよね!? もしかして、私、よく分からない戦いに巻き込まれてジ・エンドってことですか!?」

『哀れなまでに愚かね』

 レヴィーにまで呆れられている。

 もちろん、紗那とユーディ以外の全員が頭の中で様々な策を巡らせてはいるが、妙案は浮かばない。例えば逃げ出したところで、根本的な解決は望めそうもなかった。

 ……が。

「ぴこ~ん!」

 沈黙に支配されてからしばらくして。唐突に緊張感の欠けるオノマトペ発言があった。

「はいっ。いいこと思い付きました!」

「なになに、イースん!?」

「皆様、なにも難しく考える必要はなかったんです」

 彼女の策は、誰もが真っ先に選択肢から外していたものだった。

「倒しちゃいましょう」

05 嫉妬の成れの果て

『笑えない冗談ね』

 パニック寸前の飛鳥陣営と対照的に、レヴィーは白けている。

 飛鳥を蔑む綾瀬のような、どこか見慣れた反応だった。

「タンマタンマ! 倒すやて!?」

「はい。現在のメンバーを鑑みるにチャンスかと考えます」

「このメンバーが、か……?」

 取り憑かれないよう気を張り続けなくてはならない、飛鳥と綾瀬。いかにも戦闘経験が薄そうな、ゆたかと紗那。端的に言って、イースの言葉は信じ難いものだった。

「不可能よ!」

 飛鳥と同じ結論に辿り着いたのだろう、綾瀬も激しく否定する。

 なぜなら、旧時間軸の終焉を目の当たりにしたから。世羅、ニーナ、春日、千歳の健闘により時空の完全消滅こそ防げたが、新時間軸という概念を生み出す結果となった。時空跳躍中の、神門とレヴィーの壮絶な戦いも鮮明に記憶している。

「レヴィーの強さは私がよく知ってる」

「……いや。いける。無敵に思えたデスティニーベインと安倍晴明にだって通用したんだから」

 スイだけがイースの言葉をはっきり肯定した。

「アベさんとデスさんは、どのくらい強かったんですか~?」

「ウルトラつよつよでした、紗那様」

 旧時間軸の末期、強敵はレヴィーだけではなかった。

「あの経験を、無駄にはしません!」

『聞き覚えがあると思えば……。偶然ね。私たちの起源じゃない』

「安倍晴明ってずっと昔の有名人やん! 本当なんか、綾瀬ちゃん!?」

「……パパに聞いたことがある。直系は百目鬼だけど、上柚木は傍系。呪われた宿命は血筋ゆえ、なのかもしれないわね。……っく!」

 苦渋に顔を歪める綾瀬に、ハッとなる飛鳥。

「いまは抵抗に集中せんとな! すまんけど、僕と綾瀬ちゃんは可能な限り黙っとく。話を進めてくれるか?」

「ゼクス使いの皆様、リング・デバイスに向かって小声で喋ってください。レヴィーはわたしが引き離しておきます。防戦に務めますので、時間稼ぎだけなら問題ないかと。スイ、あとは頼みます」

「オッケー」

「トランシーバー代わりですか。この腕輪、まだまだ知らない機能がありそうですね」

「いちおう聞くよ。みんな、得意なリソースの色は?」

 作戦会議が始まったのを見届け、双剣を逆手持ちに構えたイースは特攻した。レヴィーは初撃を漆黒の長棍で易々と受け止める。ふたりが生み出す剣戟は視覚で捕えきれないほどだった。

 激闘の音が遠ざかってゆく。

「普段使ってるリソースの色でしたらです。なんでか緑もかじってます」

専門ですぅ~」

「僕もだけやね」

「私は。白も多少なら……」

 ゆたか、紗那、飛鳥、綾瀬がそれぞれ答えた。

 4人の回答を聞きながら、スイは頷いている。

「前回は赤をカバーできるメンバーばかりだったけど、最終的に赤は不要となった。でもって、今回はものの見事に誰ひとりとして赤のリソースを扱えない、か……」

 安倍晴明を喰らい、生ける厄災と化したデスティニーベインとの戦い。

 参加したメンバーは、青赤のあづみ、白赤のミサキ、黒赤のイリューダ、緑赤のきさらだった。

「リソース数は4色で変わらず。だけど、私がリソースの扱いに慣れた。収束役を担当できるのは大きいかも。イースんには矢の生成と照準合わせに専念してもらおう」

「なんのお話ですぅ~?」

「私たちにも理解できるよう話してください!」

「ごめんごめん。イースんには複数色のリソースをまとめて敵にぶつける必殺技があるんだ」

「青・白・黒・緑のリソースで攻撃するんですね? なんだかすごそうです!」

「そゆこと。懸念点があるとすれば、リソースの総量かな」

 当時はゼクス使いのほか、星竜たちからも膨大なリソースを受け取った。

 ただ、デスティニーベインとレヴィーの強弱差がはっきりしない。現在のレヴィーは神門とアレキサンダーに削られた結果、完全な状態ではないという情報もある。比較は難しかった。

「試してみるしかない! みんな、私にありったけのリソースを流し込んで!」

「流し込むと言われましても……。普段、ふーちゃんにやってるみたいに、ただ放出すればいいんでしょうか。こういう感じです?」

「そうそう!」

「私もやってみます~」

 ゆたかに続き、普段はマイペースこの上ない紗那もリング・デバイスから緑のリソースを放った。

 スイが掲げたリング・デバイスに、青と緑、2色のリソースが注ぎ込まれてゆく。

「これ、いつまで続ければいいんでしょうか?」

「限界まで!」

「そんなの疲れちゃいますよ!」

「我慢して! ……って! 危ない! ゆたかさん、避けて!」

「えっ? えっ! ええええ!?」

 油断だらけのゆたかに、突如としてレヴィーが肉薄していた。

『悪巧みを許すとでも?』

「ひゃっ!?」

「あなたの相手はわたしです!」

 寸前でイースがカバーに入った。

 突き付けられた長棍の先端を、重ねた双剣で受け止め、勢い任せにレヴィーを弾き飛ばす。

「助かりました……」

『ふうん。ただの人間とは思えない反応速度ね。少しだけ興味が湧いてきたわ』

「わたしはソル様の特製ですから」

 イースの身体はスイを元にして創られたクローンである。いわば青の世界のバトルドレスたちサイボーグと同等以上であり、身体能力は極めて高い。さらに、ク・リトの戦闘センスまで備わっていた。

 ……にも関わらず、あちこちに傷が見られる。

『本気を出してあげる。せいぜい私に嫉妬するのね!』

「そちらこそ油断しないことです。わたしは百戦錬磨ですので! ……と言いつつ、ゆたかさんを危険に晒してしまったのはわたしの油断が招いたもの。反省します」

「イースん! もうちょっと頑張れる!?」

「余裕のよっちゃんです」

「そういう言葉、どこで覚えてくるの!?」

「きさらちゃんがいないので、モチベーションはイマイチですが」

「逆に不安を煽ることは言っちゃダメ!」

「深く反省します」

 会釈しながらイースがスカートの裾をまくる。すると、直径1メートルはあろうかという巨大なトゲトゲ鉄球がゴトッと大きな音を立てて落ちた。手持ち用の柄と鉄球が鎖で繋がっている。いわゆるモーニングスターと呼ばれる武器を、規格外に大きくしたものだった。

 思わず飛鳥がツッコミを入れる。

「いやいやいや! スカートの中に収まらんやろ!? どんな仕組みや!?」

「企業秘密です」

 頭上でトゲトゲ鉄球を振り回し始めたイースは、飛鳥を振り返らずに答えた。そして、唐突にその手を離す。

 遠心力で勢いよく放たれたモーニングスターをレヴィーは長棍で受け止めたが、威力を殺し切れない。

『くっ!』

 木々をなぎ倒しながら遥か彼方まで弾き飛ばされていった。

「イースさん、すごいです! いまので倒せちゃってたり!?」

「いいえ。きっとダメージはゼロです。これまでたったひとつのかすり傷さえ与えられていません」

 それでも、距離と時間は稼げた。

「再び行って参ります。皆さんがスイへリソースを注ぎ終わるまで、安全を確保しますので」

 言うが早いか、イースはレヴィーを吹っ飛ばした方向へ駆けていった。

「僕らも加わらんとな。自我を保ちながらいけるか、綾瀬ちゃん!」

「答えるまでもないわ」

 飛鳥と綾瀬もそれぞれのリソースをスイに放った。

 スイのリング・デバイスに4色のリソースが着々と蓄えられてゆく。個人差で過不足のある分は、適宜スイが色の変換を行い、バランスを微調整していった。

「それなりに自信あったけど。均等にするの、なかなか……」

「スイさん、大丈夫ですぅ~?」

 リソースを放つ仲間たちが不安そうに見守る。

 スイは遠くから聞こえる剣戟に、勇気を奮い立たせた。

「……私だって成長した。ここで踏ん張れなきゃ、イースんのパートナーは務まらない!」

 そしてついに、4人から集められた4色の光はスイのリング・デバイス上で虹色の光となった。

 スイの決意に答えるかのように。

「いけた!」

「やりましたね! 未だにイマイチ分かってませんが!」

「だけど、威力に絶対の自信が持てない。私が無色のリソースを混ぜたらどうだろう? ……いや、私ひとりのリソース量じゃ、イグニッション・オーバーブーストしてるみんなの4色と釣り合うわけがない。ああもうっ。せめて赤のリソースを扱えるゼクス使いがいれば確実なのに!」

「スイさんが変換する時、赤のリソースにしちゃえばどうですぅ~?」

「色の変換は等価交換じゃない。私が未熟なせいもあるけど、かなり減っちゃうんだよ。だったら、青・白・黒・緑でやりくりする方がいい」

「無いものねだりをしても仕方ないわ。せめて私たちが限界までリソースを注ぎ続けるのみよ。それこそ空っぽになるまでね!」

「ひえ~~~~。なんでこんなことになってしまったんでしょう!?」

 ゆたかが音を上げたその時。

 スイのリング・デバイスで虹色の光を放っていたリソースが四散してしまう。

「……ッ!!」

「なにが起きたの!?」

 遠隔で放たれた不可視の斬撃をまともに受けた。普段はリング・デバイスが自動的にゼクス使いを護ってくれていたが、色の変換にタスクを集中させていたため、機能が働かなかった。

 気力と体力を削がれ、衣服をも破られたスイが膝を着く。

「ごめん。虚のさざなみを受けたっぽい。せっかく集めたリソースが……」

「弱気になったらあかん! さっき綾瀬ちゃんが言うた通り。空っぽになるまで何度でもやったるわ!」

「アクティベート! アイアンメイデン! ジャックランタン! ライゼンデ! ついでにメリーゴーランドも! あの子をかばってあげて!」

 呼び掛けに応え、綾瀬のリング・デバイスから4体のゼクスが出現する。

「久しぶりの出番だ。頑張るよ!」

 ジャックランタンたちはスイの左右と上空を守るように陣取った。

「正直言って、あの子たちじゃ荷が重い。ほかにゼクスを従えてる人はいないの?」

「すまん。おらんわ……」

「パートナーは永遠にふーちゃんだけです!」

「ん~。ほかにもいたような気がしますけど、少なくともいまはいないですぅ~」

「使えないわね!」

……遊びは終わりよ……

 魂を揺さぶられるような背筋の凍る声。

「て、敵だ! いくぞ~!」

 またもレヴィーが間近に接近していた。

 綾瀬の命令に忠実なゼクスたちが立ち向かったものの、次々と地に墜とされてしまう。一瞬だった。

「……スイ。諦めて皆さんと一緒に逃げてください」

「イ、イースん……!?」

「強いです。安倍晴明とデスティニーベインよりも。底が知れないほど。……わたしたちだけでは敵いません。安全を確保するという約束を守れず、不甲斐ないです……」

 レヴィーの遥か後方。満身創痍のイースが大剣を杖代わりに立ち上がろうとしていた。〝諦めて〟という言葉を発した本人はまだ諦めていない。その姿は、スイの気力を取り戻させるには十分だった。

「逃げるかっての。預かったリソース全部が散ったわけでもないしね。みんな、もう一度協力して!」

 スイが天高く腕を差し上げる。

 飛鳥、綾瀬、ゆたか、紗那は無言で頷き、リソースの供給を再開した。

『あくまで抗おうというのね? その心の強さに嫉妬するわ。私の前から消えて頂戴? 確実に確実を重ねて、虚のさざなみをたくさん放ってあげる。100発もあれば十分かしら?』

 1発でさえ集中を途切れさせ、膝をつかせた虚のさざなみを100発も受けたらどうなるか。

 スイはぞっとしたが、それでも退かない。レヴィーの後ろに、パートナーのイースがいる限り。

「ゆたかさん、私たちが壁になりませんか~?」

「……は~。仕方ないです。飛鳥先輩と綾瀬さんはレヴィーさんに取り憑かれないようにするだけで、いっぱいいっぱいでしょうしね。私たちがやるしかありません」

「ふたりとも悪いね。私がヘマしたせいで」

「いいですよ。いま怖い思いするか、あとで怖い思いするか。どっちかは確実なんですから」

「困った時はお互い様ですぅ~」

 ゆたかと紗那はリソースを放出しながら、いつでもスイをかばえる位置に陣取った。

「無茶や! あんなん何発も喰らったら自我を維持できんくなる!」

「先輩、もしもの時はあとをお願いしますね? 使徒教会のこととか。私がいなくなると、青の世界と白の世界の関係が悪化しちゃうかもしれません。これでも私、交換留学生なので! ……まったくもう。こういう瞬間に駆け付けられないから、ヤトゥーラとアスツァールは頼りにならないんですよ!!」

「あかんて! ゆたかちゃん、壁役なら僕がやるわ! 僕の方が土壇場には慣れとる!!」

「来ないでください!!」

 近寄ろうとした飛鳥へ、ゆたかが極めて強い口調で言い放つ。

「……先輩は無理せず最善を尽くしてください。私と紗那君だけで十分です」

「……そか。そうまで言うなら僕も〝加わる〟わ。二分の一が三分の一になるだけでかなり違うやろ」

「なんで来るんですか! 年上の後輩の言うことを聞けない先輩なんて、嫌いです!」

「落ち込むわ~。また女の子にフラレてもうた」

「まぁまぁ。きっとなんとかなります~。気楽にいきましょ~」

 紗那は案外堂々としているが、ゆたかの膝は震えている。

 恐怖を誤魔化すため、必死に強がりを言い続けた。心の中では何度もフレデリカへ語り掛けていた。

 飛鳥は、そんなゆたかと紗那の手を取った。紗那もまた、ゆたかの手を取った。スイを囲んで背中合わせに円陣を組んだ形となる。リング・デバイスを通じて、青・白・緑の光で繋がった。

 イースも仲間を守るため、満身創痍ながらもレヴィーを警戒し続けている。

 彼らの様子を、綾瀬は呆然と見つめるばかり。

「綾瀬さん、さっきから黒のリソースが届いてないよ!」

「わたしたちは諦めていません。諦めませんでした。だから、どうか綾瀬さんも!」

「……そうね。理解ったわ。また犠牲者が出てしまうのね」

「綾瀬ちゃんッ!?」

 知らぬ間に、レヴィーの侵食が始まっていた。

「絶望に呑まれたらあかん! 綾瀬ちゃんが取り憑かれたら、それこそ終わりなんや!」

「うん。理解ってる。私がレヴィーを生み出したせいで…………。私が存在するせいで…………………………」

『フフ。そうよ。全部綾瀬のせい。あなたは私の揺り籠。そうでなくちゃいけない』

「……………………………………………………」

『さようなら。あなたたち全員〝最初から無かった〟ことになる。忘れてしまったら、ごめんなさいね?』

「綾瀬ちゃん! レヴィーの言葉に耳貸すな! しっかりしい、綾瀬ちゃんッ!!」

 以前もこんな展開があった。まったく成長していない。

 綾瀬は自身の弱さを呪った。

 レヴィーが大量の虚のさざなみを放った、その時――

 綾瀬が深闇へ墜ちていきそうになった、その時――

「やらせませんっ!」

 風を切る音がした。

 直後から、あまりに場違いな〝ポヨンッポヨンッ〟というリズミカルな音が鳴り響く。その数、99回。

「なんやなんや!? なにが起きてるん!?」

『小賢しい虚数シールドを張れる者はいない。なのに、防ぐどころか的確に弾いた。そんな馬鹿な真似、有り得ない。認められない。……許さない。絶対に!』

「残念でした。あたしに第6星界の歪んだ理は通用しませんのでっ!」

 鮮やかなオレンジ・ロングヘアの幼い少女が、すぐ近くの樹木の枝に座り、両足をぶらぶらさせていた。

 その頭頂からはまるで鞭のようにしなるピンクの髪束が伸びており、すっかり聞き慣れた音とともに、最後の1発を弾く。髪束の鞭はしゅるしゅると縮まり、彼女の頭頂で小さな星の形に収まった。

「わ~! すごいですぅ~!」

「ただでさえ目に見えん虚のさざなみを、あのアホ毛で跳ね返したいうんか!? んなアホな!?」

「アホアホ言わないでくれませんかっ!?」

「あっ。えらいすんまへん……」

「窮地を救われました。ありがとうございます。敵ではないと認識しても良いでしょうか……?」

 言葉とは裏腹に、イースは警戒を崩さない。

 少女も質問には答えなかった。

 一方、あまりの出来事に衝撃を隠せないレヴィーは、綾瀬を呪縛から解き放ってしまっていた。

 意識を取り戻した綾瀬は額を抑えながら首を振っている。

「また無様な姿を見せてしまったわね……。もう大丈夫よ」

「綾瀬ちゃんを奪われんで良かったわ。アハハ……。嬉しゅうて涙が出てきた……。ほんまにな!」

「言い方! 私はあんたの所有物じゃないから!」

 綾瀬はまたもや頬を染めている。すっかり元通りのようだった。

「……それで、何者なの?」

「〝協定があるので名乗れませんっ!〟と言いたいところですが、介入した時点で重大な違反です。もはや毒を喰らわばなんとやら。ひとまず〝みかんちゃん〟とでも呼んでくださいっ!」

 蒼い瞳に星を浮かべた不思議な少女は、伸縮自在なアホ毛を枝に絡ませ、器用に着地した。見るからに小柄だったが、実際に飛鳥の胸まで程度の身長しかない。ただ、内面は外見よりも大人びているようだった。

 皆が呆気に取られる中、彼女は構わず話し掛けてきた。

「イィスは赤のリソースが欲しいんですよねっ?」

「イース? わたしですか?」

「違います。イィスですっ!」

 自称〝みかんちゃん〟はスイを指さしている。

「へ? 私はスイだけど?」

 アホ毛が変形して〝!!〟の形となった。感情変化にまで対応しているようである。

「は~。なるほど。ずっと応答が無いので不思議でしたが、違う人生を送っていたのですねっ!」

「う、うん? 私は昔の記憶がないから、世羅って子が名付けてくれたんだよ。イースんの名前を逆に……」

「世羅ちゃん! イィスとイースさんの名前がそっくりなばかりか、さらにその名前が出てくるなんて。皆さんは奇跡的な縁で繋がっているのですねっ!」

 不思議な発言の数々に、誰もが疑問符を浮かべるばかりだった。

 あの飛鳥さえツッコミができないほど。

「では、あたしからのリソースを託しましょう。ついでに無色のリソースもオマケしますっ!」

 みかんちゃんが両手からそれぞれ、赤と無色の光を放った。

 その様子を見た綾瀬も、慌てて黒のリソースをスイのリング・デバイスへ注ぐ。

「このくらいで足りますかっ?」

「なにこの量!? 見たとこイグニッション・オーバーブーストもしてないのに、ひとりで!? み、みんな、悪いけど、もうちょっとずつくれる!? あとは多すぎる赤のリソースを足りない黒へ変換してと……」

 スイのリング・デバイスは、瞬時にして虹色の輝きを取り戻した。

「紗那ちゃんの緑、綾瀬さんの黒、飛鳥さんの白、ゆたかさんの青、みかんちゃんの赤と無色。釣り合ったよ!」

『何故!? 何故こんなものが振り解けない!?』

 おぞましい声色の狼狽に、皆が一斉に振り返る。

「ウソやろ!? あのレヴィーが捕まっとる! いつの間に!?」

「念のため縛っておきました。ここまで干渉してしまった以上、逃げられてしまっては大損ですので。あ~あ。もはや始末書は確定です。勢いとはいえ、やっちゃいましたっ!」

 みかんちゃんのアホ毛がレヴィーに絡み付き、戒めていた。

 悪夢の権化が身動きひとつ出来ずにいる光景は、目を疑うばかり。

『どうして? 星界にも逃れられない。私は虚数領域で生まれた嫉妬感情体。いまは依代も持たない。物理的に捕らえるなんて不可能なはずよ!?』

「理由は第6星界の理が壊れているから。正常に運用されている星界の管理者に逆らえるとでも? あなたの所業は目に余ります。第6星界が完全消滅してしまうと、隣接する第5星界と第7星界が困るんですっ!」

「星界の管理者? なんの話や!? ……いや。どっかで聞いたような気も?」

「いけませんね。つい余計なことまで喋り過ぎてしまいます。イィス、ではなく、スイ。そろそろ準備はいかがでしょうっ?」

「終わったよ。きっちり6色束ねたリソースをイースんに託した!」

「こちらも準備完了です」

 まさにスイからイースへ、虹色のリソースがすべて流れ切った瞬間だった。

 イースの左手には虹色に輝く弓が生じ、6色の螺旋を描いたリソースの矢を、右手でつがえている。

『やめろ。それを私に向けるなッ!!』

 無論、制止が受け入れられるわけもなく。矢は放たれた。

 そして、身動きの出来ない相手にイースが狙いを外すこともない。

シンフォニック・アロー・ゼクスタプルッ!!

「……よっしゃ命中! やったか!?」

 シンフォニック・アローはリソースの色が増えるごとに威力が倍増する必殺技。その完成形とも言える6色の光が嫉妬感情体を貫いた。

 レヴィーに大きな風穴が空いている。

「いいえ。とどめを差すには至らないようです」

「あの威力で!?」

『こんなの嘘よ。信じられない。無抵抗のまま敗れるなんて……』

 レヴィーの姿が空気に溶けるように、みるみる薄くなってゆく。

「威力は申し分ありませんでした。ですが、そういう問題では無いのでしょう。第6星界の理とやらが正されない限り、レヴィーは不滅なのではないでしょうか」

「はい。困ったものです。ですが、致命的なダメージを与えたこともまた事実。活動を再開出来るようになるまで、少なくとも数百年単位の時間が必要なはずです。後回しにしてしまって構いませんっ!」

「そか! 君のおかげやね。あんがとな、みかんちゃん!」

「あたしは後押ししただけですから。必殺技を編み出したのも、それを支えるリソース量を供給できるまでに成長したのも、ひとりひとりが様々な障害を乗り越え、努力してきた賜物です。誇ってください。本来ならば、加勢などせず見守り続けたかったのですが。そうも言っていられなくなりましたのでっ!」

『……ずるい。ずるいわ』

 レヴィーは消え入りそうな声で最期の言葉を紡いでゆく。

 正確には最期ではないようだが、しばらく耳にすることもないだろう。それほどまでに彼女の根源たる嫉妬感情は、弱々しいものとなり果てていた。

『どうして私だけが幸せになれないの……? どうして綾瀬は赦されて、私だけが……!』

「日頃の行いが悪かったんじゃない?」

 腕組みする綾瀬がレヴィーへきっぱりと叩き付けた。

 それは、自分自身に対する戒めの言葉でもあった。

『許さない。絶対に! あなたが使えないなら、ほかを当たればいいだけのこと。上柚木の血族ならば、必ず強い嫉妬心を抱えているものね? ……フフッ』

 捨て台詞を残し、レヴィーは完全に消え失せた。

「私たち、勝てたのかな……?」

「勝つには勝ったな。けど、レヴィーは次の依代として、さくらちゃんや八千代ちゃんを狙っとるみたいやね。追わなきゃならん。……綾瀬ちゃんは動けるか?」

 そう言いながらも、飛鳥自らがリソースの使い過ぎでふらついている。

 綾瀬は首を振った。

「大丈夫よ。あの子たちなら。私なんかより、よっぽど強いもの。様々な障害を乗り越え、努力して、成長した。なんだかさっきの、みかんちゃんの言葉みたいになっちゃったわね」

「あたしも太鼓判を押しましょう。特にバシリカ・トゥーム周辺には獣刃詩の加護もありますっ!」

「ジュウニシ? なんだか知らん言葉が次々と出てくるな……」

「結局、みかんちゃんさんはどちら様なんですぅ~?」

「あたしは――」

 なにかを答えかけた時、彼女の周囲でブザーのような警報音が鳴り始めた。

 それでも構わず語り続ける。

「詳しくは言えません。協定違反について静点星へ言い訳しないといけませんので、そろそろ失礼します。いちおう、いまの〝静点星〟やさっきの〝獣刃詩〟、そのほかの諸々も、いったん聞かなかったことにしてくれると助かりますっ!」

「あ、ああ。こっちこそ助けてもろうたし、それくらい構へんけど……」

「もう全部忘れちゃいました~」

「いやいや。それはそれで凄いわ、紗那ちゃん!」

「全貌を話せる時は遠からずやってきます。全面戦争が始まりますのでっ!」

 その言葉がキーワードとなったのか、警報音がけたたましくなる。

 みかんちゃんは溜息をついた。

「うるさいですね。すぐ行きますってばっ!」

「いま、戦争つうたか!? まさか、黒の世界の攻勢が激しくなるっちゅうことか!?」

「それもあるでしょう。でも、そうじゃないんですっ」

「私の平穏な高校生活はどうなるんですか!?」

「ごめんなさいっ」

「謝られました!?」

「すっかり長居してしまいました。では、また会いましょうっ!」

 可愛らしく手を振る、みかんちゃんのアホ毛がするすると上空へ伸びてゆく。直後、彼女は姿を消した。

 見上げると、小型の円盤が飛び去るところだった。

「なんやあれ!? UFO!?」

「わ~。未確認飛行物体ですぅ~」

 皆が皆、謎の飛行物体を目で追う中。

 綾瀬はぽつりと呟いた。

「……終わったのね。ようやく」

 見上げる空に晴れ間が差し始めた。

 雪は依然としてぱらついている。天気雨ならぬ、天気雪の様相を呈していた。


「みんなはこれからどうするん?」

「帰ります。へとへとです!」

「ゆたか、帰りにどっかでメシ食ってこうぜ。腹が減っちまったよ」

「それがいいですね、ふーちゃん!」

 ゆたかとフレデリカが皆に一礼して去ってゆく。

「私とイースんももう行くよ。紗那ちゃんやユーディさんと一緒にね」

「東のどこかで、きさらちゃんが待っているはずなんです!」

「それはどうだろう……」

「車の準備ができましたよ。どうぞお乗りください」

「GOGOですぅ~!」

 4人を乗せたポンコツ車も、あっという間に走り去ってしまう。

「なんやなんや!? 打ち上げでも提案しよかと思うたのに、忙しないなあ」

「私たちはどうしましょう。レヴィーの残滓でも探しに行きますか?」

「めんどくせェ。あの妙なガキや綾瀬が言う通り、しばらく放っとけ。気にならないと言やァ嘘になるが……。ンなことより、てめェに用がある。俺様に付き合え。反論は許さねェ」

「ハァ。仕方ありません。これっきりですよ?」

 さらに、フィエリテとズィーガーまでもが、大阪城の天守閣を越えて飛んでいってしまった。

「なんでやねん! あっという間に、ふたりっきりになってもうた」

「そうね」

「……少し、ふたりきりで歩こか?」

「うん」

END

EX 天上のリスタート

「綾瀬ちゃん、ウチに来るか? 居場所ないやろ」

「ハァ。なにを企んでいるのかしらね?」

「ああいや! やましい気持ちとかはなくてな!」

「分かってるわよ。やましい気持ちがあることくらい」

「ギクゥ!」

 飛鳥をジト目で睨んだあと、綾瀬は己の右手を見つめた。血に塗れた過去を振り返りながら。

「あの子の気持ちは痛いほど理解る」

「嫉妬してええ。泣いてもええ。こっから精一杯生きてき。みんなと協力して掴んだ、綾瀬ちゃんのHAPPYENDなんやから!」

「いいえ。ガルマータとの約束を果たさなきゃ。だって、私は天使殺しで守護者殺しだったんだもの。白の世界へ行くわ。過去を清算するためにね」

「いずれ僕からも再提案するつもりやった。……けど、もうちょいゆっくりしても!」

 彼女は首を振る。決意は固いようだった。

「と言っても、流石に明日ね。今日は別の約束が入ってることだし」

「別の約束?」

「ありがとう。私を知ろうとしてくれたこと、私のために頑張ってくれたこと、ちゃんと全部、分かってるから。今回はいつも以上に、カッコ悪いところもたくさん見せられたけどね! ……ただ、少なくともいま私が救われてるのは、真っ先に飛鳥が手を差し伸べてくれたから。追い掛けてきてくれたから。さもなければ、私は嫉妬心の赴くまま総てを無に返したはず。そりゃまあ、レヴィーを倒せたのはいろんな人の協力があってこそだし、想定外のイレギュラーも起きたわけだし、べつにあんたひとりだけに特別感謝してるんじゃないわ。その辺りはくれぐれも勘違いしないでほしいものね!」

「素直に言われると照れるな……」

「す、素直なんかじゃないわよ。ちっとも。耳が腐ってんじゃないの!?」

 慣れない相手に慣れない言葉。喋る速度とともに動悸も、次第に早くなっていった。

 しかしながら、続く大事な言葉だけは、はっきりと告げる。

「ありがとう。私を覚えていてくれて。良いところも悪いところも全部ひっくるめて、天王寺飛鳥、なのよね。幼稚園の頃から全然変わってない」

「へっ? まさか覚えとるんか、チューリップ組!? 10年も前のこと!! イマイチ曖昧で自信無かったから、僕からは言い出せずにおったけど……」

「あんたが横浜から大阪へ引っ越したあと、八千代が大泣きして大変だったんだから。おかげで鮮明に覚えてるわ。〝いなくなっちゃったんだなあ〟って痛感した……」

「そっか。幼馴染同士で記憶が残っとるのは、もはや運命やね?」

……そう、かもね

「なんちて! 調子に乗りました! 土下座するから許してこの通り!」

……だから、デートしてあげる

「ん?」

……デートしてあげてもいい

「なに言うてんのかさっぱり聞こえんわ。すまんけど」

 渾身の、精一杯の言葉は、小声過ぎて聞き取れなかった。

 大きく息を吸った綾瀬は、つんざくような声量で叫ぶ。

デートに誘えって言ってんのよ! 〝あと1回だけなら付き合う〟って言ったはずよ!!」

「いや、けど、雪合戦したし」

「馬鹿なの? ノーカウントに決まってるじゃない。あんなの許さない。絶対に! いいから黙って誘って!」

「黙ってたら誘えんのやけど……」

 支離滅裂な物言いに、飛鳥は正論を返してしまった。

 綾瀬自身も、もはやなにを言っているのか判っていない。怒りと恥ずかしさで爆発しそうだった。

「うるさい! あと5秒で気が変わるから! 4、3、2……」

「えっと。ええと……。あ、綾瀬ちゃんッ!!

 飛鳥は綾瀬を真正面から見据えた。その瞳には緊張する飛鳥の顔が映っている。

「僕とデートしてくれんか?」

「……ええ。構わないわ。どこへ連れていってくれるの? 楽しみね!」

「せやなあ。まずは――」

嫉妬のBADEND

Illust. ちゃきん

FIN